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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)382号 決定 1967年8月14日

抗告人 竹井昌二(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及びその理由は、別紙に記載したとおりである。

一  抗告人は、まず、親権者の指定について、事件本人の養育には母向井礼子の性格と抗告人のそれとを比較して、母親の性格は不適当であるというけれども、両者の性格の相違から直ちに、子の養育をするについていずれをも不適当ということはできないし、むしろ、事件本人が就学適齢前の未成熟女児であつて、このような女児の監護養育には、ほかに特段の事情がないかぎり、母親においてこれを行なうことが相当であり、本件において、両者の性格を比較して、母親の監護養育を排してまでこれを抗告人において行わせる特段の事情もみあたらないし、また、抗告人は、母親の家庭に生活をともにするその母向井テルは性格が冷たく気性が激しく躾けが厳しすぎるためそのような者のもとで事件本人を生活させることは適当でないというけれども、右テルにおいて事件本人がその家庭において母親が監護養育することをむしろ希望しており、また事件本人の養育のため必要とするならば別居するのも差し支えないとの意思を有しているもので、事件本人のような未成熟児にあつては、母親に比し、躾けのきびしい祖母に対して親和感をもつことが劣ることはあるにしても子のこのようなことだけによつて、直ちに母親の監護養育を否定すべきではないし、抗告人のいう双方の家庭において事件本人と生活をともにする父母及びその母親らの親和感の順序につき、その主張のとおりであるとは直ちにいうことはできないし、事件本人が現在抗告人方において生活していることから見て、その主張のような親和感の順序にしたがつた気持を事件本人が抱いていたとしても、これだけで、抗告人を親権者とするに足りない。そのほか、親権者を定めるについての諸種の事情、ことに、事件本人の性格及びその成育するに適当な諸環境、双方の養育についての方針などからみて、母である向井礼子よりも抗告人が親権者として相当であると認めるに足る事情はみあたらないので、この点に関する抗告人の主張は採用できない。

二  次に、抗告人は、事件本人との面接について原審判が年二回に限定したことは憲法第一三条に違反するか、あるいはいちじるしく不当であるというところ、親権者とならなかつた親はその子と面接することは、親子という身分関係から当然に認められる自然権的な権利であり、監護する機会を与えられなかつた親として最低限の要求であり、親の愛情、親子の関係を事実上保障する最後のきずなともいうことができるけれども、面接が子の監護養育上相当でない場合には、これを制限することはもとより妨げないものというべく、右の制限をしたからといつて憲法第一三条に違背するものということはできない。しかして、原審判においては、抗告人の面接の機会を全く奪つたものではなく、事件本人の監護養育に関する事情を斟酌すると、原審判で定めた抗告人の事件本人に対する面接の方法、程度について不当にその機会を制限したものとはいうことができないから、この点に関する抗告人の主張は採用できない。

三  そのほか、記録を調べてみても、原審判を取り消すに足る違法の点はみあたらない。

したがつて、原審判は相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告を棄却することとして、主文のように決定した。

(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 鈴木信次郎 裁判官 館忠彦)

抗告の趣旨(編略)

参考 原審(東京家裁 昭四二・六・九審判)

申立人 向井礼子(仮名)

相手方 竹井昌二(仮名)

事件本人 竹井美智子(仮名)

主文

事件本人の親権者を申立人と定める。

相手方は第一項の審判確定後速やかに事件本人を申立人に引き渡せ。

申立人は六か月に一回、一日間(朝食後より夕食前まで)その指定する日時場所において事件本人を相手方に面接させよ。

理由

申立人は、当事者双方離婚する、事件本人の親権者を申立人と定める、旨の調停の申立てをし、昭和四二年五月四日、相手方との間で、不調となつた親権者の指定を残して、離婚調停が成立した。

そこで、事件本人の親権者の指定について審案するに、本件記録中の諸資料を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

当事者双方は、芸術大学在学当時の学友で、昭和三五年六月二七日婚姻し、翌三六年八月二一日事件本人をもうけたが、後記のごとく当事者双方の性格的不調和が原因となり、加えて申立人の母と同居したことから相手方と申立人の母との折合いが悪く、双方の感情の対立が激化し、事件本人のため申立人の母と別居して親子三人で暮したいとの相手方の希望にもかかわらず、その実現をみないうちに、回復困難な破綻状態となり、調停における説得にもかかわらず、遂に前記のごとく離婚するに至つたこと、申立人は工芸を、相手方はデザインを専門とし、双方共に健康で、性格的にはいずれもやや自己中心的で、依存的な傾向もみられるが、人格的に正常で、社会的にも通常の適応能力を有していること、ただし、相手方は、どちらかといえば、感受性の強い涙もろい人情家であつて、経済観念に乏しく、気の弱い、消渭極的、抑圧的、逃避的傾向がうかがえ、いわゆる人の良い人物であるのに対し、申立人は真面目ではあるが、経済観念にたけ、自己主張が強く、自己の要求に強く固執し、非寛容で、自己反省に乏しく、反発的で、人格的にやや未成熟な点がうかがえること、事件本人に対し、双方ともに愛情と責任感を持ち、それぞれの母と共に事件本人の養育監護を希望しているが、相手方はやや溺愛型であつて、事件本人をわがままな性格にする懸念があるのに対し、申立人は、干渉型であつて、事件本人を依頼心の強い忍耐心、社会性の欠けた子供に育てる懸念があること、相手方は商業デザイナーとして店舗の装飾等の請負を業とし、その収入は不安定であるが、その母の家賃による毎月の収入全四万八、〇〇〇円を利用しうる事情にあるので、現在のところ事件本人の養育について経済的支障はないが、相手方の母は既に老齢であつて、事件本人に対する愛情にもかかわらず、長期にわたる充分な養育監護を期待することは困難であること、他方相手方は毎週二日女子大学に勤務して毎月金三万五、〇〇〇円の定期収入を得ている外、織物による不定期収入および母の内職による収入若干を加えて、事件本人の養育について同様経済的支障は存しないこと、事件本人は調停の途中から相手方のもとで生活しているが、親族に対する親和感の順序は申立人、相手方の母、申立人の母、相手方の順であること、以上の事実が認められる。

親権者を決定するにあたつては何よりも子の幸福と利益とを考慮しなければならない。両親が別居または離婚することは子にとつて不幸であり、子の利益に反するものであることは多言を要しないところであるが、一たん両親が離婚した以上子の親権者をいずれかに決せざるを得ないのであるから、離婚後の両親双方の事情を客観的に比較検討して、子のためにより利益な親を親権者と定めなければならない。そして配偶者としての適格性と親としての適格性は必ずしも同じものではないから、より多くの離婚原因を有した親であつてもそのことの故に当然に親権者として不適当ということはできないのであつて、それぞれの事情を個別的にかつ総合的に検討しなければならない。親権者の決定にあたつて、いやしくも離婚に至る夫婦間の紛争にまどわされてはならない。

そして、これによつて前記認定事実を総合して考えるに、申立人が事件本人に対する養育態度を反省し、熱心さの余り、干渉過多に陥らないよう注意するならば、事件本人は申立人のもとで監護養育させることが望しく、申立人に右の点を期待することが可能であるので、事件本人の親権者を申立人と定めるのを相当と考える。けだし、幼少の女子にとつて男手による養育よりも女手による養育がまさり、肉親による愛育がそうでないものの養育よりまさるものであることは容易に推測しうるところであつて、相手方が仮りに女子の手伝いを得られるとしても、女親である申立人の愛育にまさるものとは考えられないからである。

しかしながら、子供の人格の健全な育成のためには両親の愛情が必要であるから、たとえ両親が離別するに至つてもできるかぎり両親の愛情に接するのが望しいと考えられるので、事件本人のため、親権者の監護養育を混乱させないかぎり、できるだけ自然な形で事件本人を相手方に面接させることが相当であると考える。そして事件にあらわれた総ての事情を考慮して、事件本人と相手方の面接は少くとも年二回程度が適当であると考える。

よつて、事件本人の親権者を申立人とする旨の申立人の申立を相当と認めてこれを認容し、これに附随して、親権者指定の審判確定後速やかに事件本人を相手方から申立人に引渡させ、申立人は六か月に一回一日間(朝食後夕食前まで)その指定する日時場所において、事件本人を相手方に面接させるべく、主文のとおり審判する。

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